中村隆次・田鶴子法律事務所 Nakamura Law Office

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弁護士紹介

Vol.2 平成9(1997)年~ 失われた10年と企業再建

企業再建と“人”

隆次 事務所設立当初から、会社関係の事件や倒産事件に関わってきましたが、私にとって転機になったのは、平成9年の「会社更生事件」。それまで長野県ではあまり大きな会社更生事件はなかったんですが、この事件はその負債総額を未だに超える例がないという、戦後最高の大きな事件でした。私は更生管財人として裁判所から命を受け、その会社の再建のお手伝いをしました。幸いその会社は見事に再建できました。しかも再建以前を上回るほどの回復ぶりです。

田鶴子 その事件を機に、企業再建を手掛けることが多くなりましたよね。今では、長野県下で企業再建を最も多く手掛けているんじゃないでしょうか。

隆次 その自負はありますね。もちろん、この分野は東京・大阪で中心になってやってらっしゃる先生がいますから、地方弁護士のウエイトというのは低いとは思うけれども、一所懸命取り組ませてもらっています。「会社の問題」と言っても、やはり「人間の問題」なんですね。そこには、必ず困っている人がいるわけですよ。会社も困っているんだけど、同時に会社を構成する「個人」が困っている。

田鶴子 そうですね。

隆次 個人の事件というのは、事件が終わって「ありがとうございました」と来てくれるときが一番やりがいを感じる瞬間です。でも会社の場合は、もちろん清算せざるをえない場合もたくさんありますが、一方で再建できた会社が1年、2年後にも営業しているのを見ると、幸せになります。

田鶴子 会社の社員の生活を守ることができるわけですからね。

隆次 そう。会社の「人間」を守る仕事です。例えば従業員10人の会社が潰れたとなると、家族を含めて30人には影響がある。それは1対1の事件とは別の意味の重みがありますよね。

田鶴子 本当にそうですね。最近はこの分野の問題も落ち着いてきてはいますね。

隆次 やはりピークは平成9年頃。例えば山一證券が破たんしたり、北海道拓殖銀行が破たんしたり。バブル崩壊の影響が顕著に出たのが平成9年だった。

田鶴子 その後の動きで隆次弁護士が気になることはありますか。

隆次 そこからやっと経済がある程度持ち直してきたところに起こったのが「リーマンショック」ですよね。平成20年9月のことです。これでせっかく良くなってきていた日本経済が再び冷え込んだのですが、今度は「金融円滑化法」という法律ができまして、銀行への借金に対して返済猶予が認められるようになった。そのおかげで行き詰った会社が持ちこたえているんですよ。
さらに、平成23年に震災がありました。そこでも被害にあった企業が立ち行かなくなってもおかしくはないんだけど、金融円滑化法のおかげで、あまり潰れずにすんでいる。ですがこの法律も今年(2013年)の3月に期限切れなんです。だからこれから先の動向が心配ですね。
弁護士の仕事なんて言うのは出番がない方がいいんですが、先ほどの話のとおり、なるべく多くの会社が存続できるように、私どもは対策として用意された制度を学んだり、準備は怠らずにいます。

地すべり事件の勝利

隆次 バブル崩壊以降の事件では、同じく平成9年の地附山地すべり訴訟もありました。これは長野市の弁護士たちが一丸となって手掛けたという意味で、本当に忘れがたい事例。昭和60年に、「地附山」という善光寺の裏山で大きな地すべりが起きました。その下にあった団地の住宅約60軒が被害に遭ったうえ、老人ホームのお年寄りが26人も亡くなられたという大事件があったんです。ちょうどその地すべりが起きた範囲に「戸隠バードライン」という有料道路が通っていたんですが、そのバードラインが通っていたところがストンと落ちた。
バードラインというのは県が開発した有料道路なのですが、その道を作ったことに地すべりの原因があるということで、地元の弁護士20人くらいが弁護団を組んで、県を相手に訴訟を起こしたんですね。私はいわば副団長役でした。
実は、行政を相手にした災害訴訟というのは住民側が負ける事例が多いのです。ところがこの事件に限っては、見事に住民が勝訴した。また、普通はそこで行政が控訴しますが、我々が積極的に働きかけをして、控訴なしに確定しました。地すべりが起きたのが昭和60年で、訴訟で判決が下りたのが平成9年。先の「会社更生事件」の直前になりますが、14~15年の間はこの事件に集中していました。

田鶴子 長野市中の先生方と協力をしましたね。

隆次 当時、「これはやるしかないだろう!」と思い立って、私ともう一人の先生とで、地元の事件だから地元の先生方に声を掛けようということになった。そして声をかけたところ、全員が「よし、やる!」と賛同してくださったんです。県が被告になるから、県の代理人になる先生以外ということになるけど、弁護士全員で一丸となって、十何年も戦って勝ち取った。

田鶴子 本当に感動的でした。あの団結力はすごかったですね。

隆次 やっぱり、弁護士魂ですよね。我々が暮らす地元でそういう大災害があったときに、黙ってはいられないんですね。これは今の若い先生方も同じだと思いますが、弁護士魂というのをみんな持っているんだと改めて感じました。手弁当ですからね。一切お金もらわずに仕事していたんですよ。仮に十何年も戦って負けてしまったら、まったくの徒労です。それでもやるんですよ、弁護士というのは。わたしはそこが弁護士のすごいところだと思います。「困っている人の役に立ちたい」という思いが、私たち弁護士のベースとなっているのです。

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